無意味な新党結成

※何か変化があったのか?
 
安倍首相の後継を決める陰で立憲民主党と国民民主党の一部が合併して出来る新党(?)、結局代表は枝野幸男、党名は「立憲民主党」となった。何の変化があったのかさえ理解出来ないレベルの「新党」が誕生した訳だ。
 
https://news.yahoo.co.jp/articles/a676bf7c8d7ac518d5fd519e4abbf8f42aab3316

 

 


そもそもコイツ等は「民主党」として同じ釜の飯と国民の税金を食ってきた連中である。目指す政策の違いから分裂したのにも関わらず結局「元の木阿弥」となっただけ、違いがあるとすれば枝野幸男の影響力が増大しただけで対外的にはそれ以上の要素はない。と、言う訳で評価する要素は最初から存在しない。
 
かつての民主党は旧社会党から自民党に近い思想まで良く言えば「幅広い思想」、悪く言えば「『反自民』と言う一点共闘」でしかなかったが、それが再現されただけの話だ。そもそも「考え方の違い」話し合いで埋める事の出来ないレベルの連中しかいないので次期首相が誰であれ、賛否の別れる重要な政策課題を目の前にすれば「党としての統一見解」を打ち出すのにさえ苦労する事態が発生する事は容易に予想出来る。旧民主党から紆余曲折経て「どう成長したのか」と言う要素が皆無な「新党」なだけに国民から期待を持たれないのは当然だし、他党からそういう指摘があるのは当然である。
 
枝野幸男は菅官房長官が打ち出した「自助、共助、公助」と言う政策に「政治家が自助と言うのは責任放棄」等と批判したが、何でも「公助」するのでは政府の予算や人手は幾らあっても足りない。それ以前に民主党政権は「決められない政治」でしかなかった訳だが、自分達の政策すらまともに決められず離合集散を繰り返してきた連中が「公助」の具体的内訳を決められるのだろうか?偉そうな事を言う前に自分の足元を良く見た方が良いのは旧民主党の時から何も変わっていない。そういう姿勢そのものに国民は既に「飽きている」のだが。
 
マスゴミの印象操作に国民が騙されなくなった現在、幾ら「新党」打ち出した所で国民の期待を集めるのには無理がある。求められるのは「自民党の政策に対抗出来るだけの現実的かつ具体的な対案」なのだが、コイツ等にそれが可能かどうかは非常に疑わしい。所詮は「議員になる事」が最優先の「選挙互助会」と言うのがその本質である。期待するだけ野暮なのは論を待たないだろう。所詮は「その程度」存在でしかない「正解のお荷物」である。