ベートーベンは偉大だった

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ベートーベンは耳が聞こえなかった…というのはよく知られている。

しかし「現代のベートーベン」と呼ばれた男は実際には全聾ではなく難聴で、かつ作品にはゴーストライターがいた。作曲家と呼ぶべきではなさそうだ。そうすると単なるインチキ野郎になってしまうが。

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140308-00000106-san-soci&pos=2

世間を騙していたという事で謝罪会見をして出て来たのは潔い…と、思いきやゴーストライターや義理の母を「名誉毀損で訴える。」と逆ギレ。ゴーストライターの発言の細かい部分が違うというが…?

しかし、彼の耳は全聾ではなく難聴で、ゴーストライターが作品を創っていたのは事実。既にに毀損された名誉が残っているのかは、不明だ。 

http://www.sanspo.com/smp/geino/news/20140308/oth14030803580007-s.html

※それでも訴えるのかな?

さて、耳が聞こえないふりをしてゴーストライターに曲を創らせていた偽ベートーベンと違って、実際のベートーベンは聴力を失っても創作は自分の手で続けていた。
ピアノの鍵盤と自分の歯をステッキで繋いで振動を脳で感じる事でリズム感を得ていたと言う話もある。

ベートーベンがシラーと言う詩人の「歓喜に寄す」という詩に感銘を受けて曲を付けようと考えていた。例え聴力を失ってもその目的は決して放棄しなかった。晩年のベートーベンは遂にその宿願を達成する。交響曲第九番である。

第九交響曲の初演はベートーベン自身が指揮を執った。彼自身の強い要望だったという。勿論耳の聞こえない彼に指揮が出来るはずもなく、サポート役として副指揮者がついた。(楽員達は心中申し訳なく思いながら副指揮者のタクトを見て演奏したそうだ。)

演奏が終わり、聴衆は大喝采だったが、耳の聞こえないベートーベンはそれが分からない。見かねたアルト歌手がベートーベンを振り返らせる。そこで初めてベートーベンは聴衆の大喝采に気付いて胸を熱くした。

また、第六交響曲「田園」ではこんな感想もある。
「第二楽章最後の鳥達の鳴き声を聞くと涙を禁じ得ない。何故なら既にベートーベンには田園の鳥達の鳴き声は聞こえなかったからだ。彼は自身の心の中の鳥達の鳴き声を音符に記したのだ。」

ゴーストライターに曲を書かせる前にそういうベートーベンの逸話から色々学んでいればこんな事にはならなかったのではないだろうか?そう思ってしまうのである。

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