民族の英雄の考証が出来ない韓国人

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韓国では「抗日の英雄」とされている李舜臣彼を巡って韓国で物議を醸しているようだが、結論から言ってしまうと「自分達が英雄視する人物の歴史的考証すらまともに出来ない」と言う韓国人の歴史認識不足が明らかになっただけである。

李舜臣銅像は韓国各地にあるが、 銅像の多くは立てた刀を持ち、膝まで届く長い鎧を着て立っている。この刀が、朝鮮伝統のものより長く、「日本刀じゃないのか」との批判が噴出している。さらに鎧までも支那の装身具のようで、「刀は日本刀、鎧は支那風」といわれるようになった。

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更に韓国国会議事堂の本会議場前に設置されている李舜臣像について、「国会事務局の諮問機関が剣と鎧について、それぞれ日本と支那のものという評価を下した」という報道もあり、 また「鞘を(利き腕の)右手で握っているのは降伏のポーズ」「持っているのは朝鮮剣ではなく、日本刀」「付けているのは支那鎧」など5つの問題点が指摘されている。

http://www.sankei.com/smp/west/news/140703/wst1407030062-s.html

李舜臣は死後李氏朝鮮王朝より最大級の功臣として評価され、約200年後には首相並みの位を追贈されている。だが実際の朝鮮出兵時の活躍ぶりはさておき、日本での江戸時代以降では日本はもとより朝鮮でも(支那でも)一般的に英雄視された存在であったかと言われると疑問が生じる。少なくとも朝鮮の一般人には忘れ去られていたようだ。


そんな李舜臣を再び朝鮮人に認識させたのは日本人だとされる。朝鮮半島統治への過程において朝鮮人に忘れ去られていた彼がこうして再び朝鮮人の記憶に認識された。

しかしそれを所謂大韓民国臨時政府なるテロ組織が「抗日英雄」にプロパガンダ利用し、韓国政府もそれを引き継いだ為現在に至るまでその様な扱いだが、要は「日本が朝鮮人に忘れ去られていた李舜臣の記憶を呼び覚まさなければ」現在の様に韓国で英雄視されたとは言えない人物なのである。

その意味では李舜臣の記憶は韓国人の言う「日帝残滓」そのものであるが、韓国人はそこに気付かないらしい。相変わらずおめでたい思考回路の人間である。

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李舜臣についてまともな歴史的考証がされていれば正確な認識が持てるのだが、それすらまともにせず勝手に反日の象徴に祭り上げたのが韓国人のした事である。当の本人があの世で困惑しているだろう。

そもそも朝鮮人の英雄であるなら朝鮮製の剣や鎧を最初から身に付けた姿で銅像は建立されるはずだ。そうでないのは剣や鎧を当時作る技術が朝鮮になかったか、それらの姿形が伝わっていなかったのか、はたまた伝えられない程ショボかったかである。今更騒ぐ話ではない。そういう自分達の情けない歴史や考証能力ゼロを棚に上げて日本に「正しい歴史認識」を迫る。何と厚かましい連中なのだろうか。

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