舛添批判は「集団リンチ」でも「衆愚の極み」でもない。

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※もう完全に「詰んだ」。

東京都議会は15日に最終日となるが、ここで不信任案提出、と言う流れになった。与野党で一本化する、と言うから間違いなく可決されるであろう。

自民党としては「武士の情け」なのか自発的な辞職を求めていたようだが、舛添要一にその思いは伝わらなかった様だ。そこで不信任案提出へと踏み切ったのだろう。時代劇風に言うなら切腹を勧めたが拒否したので打ち首に処す」と言ったところか。

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※最後に言ってやりたい台詞。

「子供のことを思えば、1カ月前も、今でも辞めたいと思っている」

「ここまで耐えてきたのは、リオ五輪で東京を笑いものにしたくないから。どうか東京の名誉を守ってもらいたい」

舛添要一は嗚咽してまで9月までの延命を懇願したそうだが、都民の総意は「即時無条件での辞任」以外ない。またリオ五輪で東京を笑いものにしたくない」と言うが「舛添要一がリオに行く事こそが東京が世界の笑い者になる」のが待っているであろう現実である。リオ五輪で次期開催都市の長として五輪旗を受け取るのを花道にする魂胆なのだろうが、それを許すほど民意は甘くない。

舛添要一不信任案が可決されたからと言って議会を解散する、などと言う抵抗はもう止めて腹を括るべきである。どうせ議会を解散しても選挙結果とは無関係に「選挙後即臨時議会開催不信任案提出可決舛添失職」は規定路線に等しいだろう。どっちにしてもリオ五輪後」まで舛添が持ちこたえられる訳がないのは明白なのだ。

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※これだけのブーメラン発言があれば尚更だ。

舛添要一が如何に会見で釈明してもほぼ全ての調査で「納得しない」が9割を越える異例の調査結果が連発した。他にも過去様々な疑惑が上がった政治家は沢山居たが、ここまで民意を敵に回したケースは初めてであろう。果たして舛添を擁護する意見があるのか?とさえ思っていたが、こういう記事を見かけた。
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http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160614-00097596-hbolz-soci

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※…と、言った所か。

記事は舛添が依頼した弁護士の

「不適切ではあるが、違法性はない」

と言う結論を根拠

《叩くとなったら、根拠不明でも叩く。法令違反を犯しているわけでもないのに、政治家を叩く。たかだか百数十万の、そして百数十万レベルだからこそ「庶民感覚」なるものに近い「他人のカネ遣い」で、政治家を屠る。

こうした集団リンチ(法によらずに社会的な制裁を加えているのだから、狭義のリンチにさえ相当する)に熱狂するのも気持ち良いのだろう。しかし落ちた犬を叩いて溜飲を下げ快楽を貪っている傍で、景気対策改憲など、極めて重要なイシューが争点となる参院選が刻一刻と近づいている。

セコいオヤジを叩いている側こそが、極めてせこいレベルに堕ちいっているように思えて、ならない。》

として一連の動きを「衆愚の極み」としている。

果たしてそうだろうか?

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※舛添を辞めさせる理由はここにもある。

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※法の目的や理念に照らし合わせれば舛添はどうなのか?

政治資金規正法2条には理念として

「政治資金が民主政治の健全な発達を希求して拠出される国民の浄財」

「これ(政治資金の収支状況の明確化)に対する判断は国民にゆだね、いやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないように、適切に運用されなければならない。」

と規定している。では舛添要一の一連の政治資金の私的流用はその「理念」に照らし合わせればどうなのか?逸脱している事は論を待たない。要するに「違法行為」ではないにしろ「脱法行為」と言う批判は免れない。故に「根拠がない」とは到底言えまい。そもそも記事自身が

《舛添氏には、倫理的な責めを受けるべき余地がたぶんに、ある。》

としているではないか。圧倒的多数の都民が舛添要一を批判する理由はまさにそこにある。それを理解せずに自身の「独自の見解」を正論の如く語るのは如何なものか?

また、都民、都議会、マスコミの全面的な批判を「集団リンチ」呼ばわりするのは記事の「独自の見解」としか思えない。「疑惑が浮上した本人が釈明するその釈明で誰も納得しない故に批判が更に高まる」と言う流れがどう「集団リンチ」になると言うのか理解に苦しむ。「倫理的責任」を求めたり、「その説明では納得出来ないから更なる説明を求める、それが出来ないなら公職を辞せよ」と主張するのが「リンチ」になるなら政治家の批判など誰も出来まい。そういう考えは寧ろ一般国民の「政治活動の自由」「言論の自由」を萎縮させるものでしかない。記事はそれを理解しているのだろうか?
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※こういう事を言うから更に反発が高まった。

…圧倒的多数の声が常に正論、とは限らない。但し舛添要一のケースでは「問題とされた内容の余りの稚拙さ、それに対する本人の対応の悪さ、その中で浮上した人間性の問題」…そして舛添要一自身の言葉を借りれば

「政治家はトップリーダー」

なのだからそんな「問題あるトップリーダーなんて真っ平御免」というのが根底にあるのではないのか?それを「集団リンチ」とか「衆愚の極み」などと言う記事の何と言う愚劣さか。問題とそれに対する批判の根底を理解しない記事に意味はない。
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※漸く実現しそうだ。