森裕子の醜悪な反対討論


※ルールを守らない奴がルールを守れと言う図。

入管法改正案が成立した。単純労働の外国人を受け入れる点に反対する意見も多いが「やむを得ない」面もある。現実の労働力不足に対し、少子化対策が効を奏しても実際に労働力として計算するには約20年程のタイムラグがどうしても発生する。その間経済を停滞、又は衰退させる、と言うなら兎も角、常に発展を望む、と言うならそういう選択肢も「現実的」には仕方ない部分もある。

「外国人が来る事自体反対」と言うのでは幕末の攘夷思想と大差ない貧しい思想でしかないので、そういう反対の仕方は納得しないが、せめてこれから日本で働こう、と言う外国人が日本の言葉や文化、風習を何処まで事前に理解し、実践できるか?と言う点は明確に基準を設け、資格要件としないと困るのは此方だ。そういう指摘をしての意見なら兎も角、野党の反対論は愚劣さを増していた。それを如実に示したのが自由党森裕子である。



森裕子は事前に決められた持ち時間を無視し、度重なる議長の注意を無視してまで反対討論を続けた。その上で

「ルールを破っているのは、安倍内閣だ。ルールを守れと言うなら安倍首相に言え!」

とまで宣った。

自分達の意見を押し通す為なら「ルールを破る自由」まで自由党は「自由」と言うのだろうか?森裕子の言動からはそうとしか受け取れないが、世間の常識から考えればこの様に「ルールを守らない輩が他者に『ルールを守れ』」と言った所で誰も相手にしないし、支持もしない。それこそが自由党が支持されない理由なのだが、森裕子の頭脳ではそれすら理解出来ないらしい。これでどうして参議院を「良識の府」と言えるのだろうか?

森裕子の存在は国会への冒涜。

問題の入管法改正案に「賛成反対以前の問題」で、幾ら反対論に理があってもその表明がこの様な愚劣極まる様子では話にもならない。「こういう醜態を曝してまで反対するなら賛成するべき」と言う奇妙な理屈が罷り通る結果にもなりかねない。自分達の意見を言うのは自由だが、それをどう表現し、それを見聞きする国民がどう受け止めるのかまで考えて行動しないと議員の器ではない。そういう点でも森裕子が議員として不適格なのは明らかだ。

この様な醜態にも「会期末」を理由にロクな懲罰もないままやり過ごされるのだろうが、こういう醜態を国会毎に見せられる国民は堪ったものではない。せめて「ルール違反が顕著な議員は次回国会での発言禁止」などの規定を設ける必要があるのではないだろうか?国会は「国権の最高機関」なのだから、自身でその尊厳を守る努力はして貰いたいものだ。そういう事は与党が率先して行うべきである。与党も「事なかれ」や「法案が通れば御仕舞い」ではなく、早急に国賊野党のカス共が国会の尊厳を汚す事を抑制する手段を構築すべきである。そうでなければ国会の尊厳は保てない。