ニューヨークタイムズの悪意


※「結論ありき」の議論しか出来ない連中に付き合う意味がないだけ。

年明け早々にして、実に不快な記事を目にしてしまった。


アメリカ・ニューヨークタイムズが大晦日の社説で「日本は鯨の虐殺をやめよ」と題した社説を掲載していたと言うのだ。

タイトルからして「悪意しか感じない」内容である。

日本の行ってきた調査捕鯨IWCの枠内で行ってきたものだ。それを「虐殺」と言うのは結局「捕鯨は悪」と言う前提があるからで、そこから脱却した議論をしない限り何を言っても「日本のIWC脱退」を翻意させる事は決して出来ない。少なくともかつて10億羽いた、とされるリョコウバトと言う鳩を皆殺しにしたアメリカに「虐殺」と言う言葉を使う資格はないだろう。

※反捕鯨国がIWCの趣旨を変えてしまった。

そもそもIWCは「捕鯨を規制する」為の組織ではなく、「捕鯨を継続する」為の組織であった。反捕鯨の国が多数加盟した事で趣旨が変わってしまっていたのが実際の所で、「反捕鯨」と言う御題目が「絶対化」してしまい、昨日不全に陥ってしまっていた。日本は科学的データを根拠に主張していたが、それを無視して「反捕鯨ありき」しか言わないのだから「何を言わんや」であろう。

それにしてもニューヨークタイムズの社説は「歪曲が過ぎる」内容だ。調査捕鯨IWCが認めた手段であって脱法行為ではない。それは「抜け道」とは言わないし、「虐殺」とも言わない。また、調査捕鯨の副産物としてその肉などを販売するのも合法で、その売上は次回以降の調査捕鯨の資金になっていた。IWCの認めた事を行って批判される筋合いはない。

また「反捕鯨」は

西洋文化の押し付けではなく、減少する資源を管理し、地球を保護するという世界共通の義務の表れ」

と言うが、日本には神武天皇以前から捕鯨をしてきた事実は遺跡の調査から明らかで、日本は科学的データを根拠に「持続可能な捕鯨の在り方」を模索し、主張してきた。それを無視して「反捕鯨」を言うのは「感情論」以外の何物でもなく、「文化の押し付け」でないなら「価値観の押し付け」でしかない。

※少なくとも日本の捕鯨の歴史はアメリカの歴史より長い。

いずれにしても日本がIWC脱退、と言う決断をしたのは反捕鯨国が

「日本が根拠にしている科学的データを反証する科学的データを出すことなく『結論ありき』の感情論しか出来ない」

事に見切りを付けたからであって、翻意させたいなら批判する前にそういう根拠を明確にしたり、「持続可能な捕鯨の在り方」を提案すべきで、それがない限り如何なる主張も意味をなさない。

※それはIWCの枠内の話だ。

必要なのは事は「持続可能な捕鯨の在り方」を模索するIWC本来の立場に戻る事だ。そうでなければIWCの存在意義からしてないが、そこには触れずに「捕鯨は悪」と決め付けるニューヨークタイムズも、そしてその内容を垂れ流すだけの時事通信もその言論に意味はない。結局は「反日」の為の言論、と言うよりないのだ。

日本が商業捕鯨を再開するまで半年、その間に反捕鯨国は日本に捕鯨を思い止まらせるだけの「科学的データを提出」出来るのだろうか?問われているのは「反捕鯨国」の反証である。