言葉の怖さ

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かなり前の映画だが「コンタクト」と言う映画がある。SETIを舞台に始まり、作中で異星人とおぼしき電波をキャッチする。それを解析した所、出てきたのは何とヒトラー…映画でぎょっとしたのも久々であった。

それを見た登場人物達も同様だったのだろう。しかしこの場面、直後の台詞で人類最初のテレビ放送の電波としての意味だとハッキリ判る。
それがたまたまヒトラーであったに過ぎないと。
…結果的に人類の科学史上の汚点になってしまっている。

映画の中でも「異星人にヒトラーが何者か判る筈がない」旨の台詞がある。確かに台詞そのものはその通りだが、実際にはこの映像(ベルリンオリンピック)の時点では人工衛星は飛んでいなかったし、技術面でも宇宙に向けて電波が飛んでいったとは考えにくいが、仮に映画の通りになったとしたら人類最大の恥をいきなり異星人に晒す事になる。

…この様に映画のジョークであってもハッキリと意味を理解させる様にしないとヒトラーナチスの場合、あらぬ誤解を受けたりする恐れはある。出来れば触れない方が賢明なんだろうが…

ところが公然と取り上げてしまった政治家がいた。麻生副総理である。
「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気付かなかった。あの手口に学んだらどうかね?」
マスコミはこの部分だけ大きく取り上げまるで麻生副総理がナチスを礼讃したかの如く報じた。流石に海外でも大きな波紋を呼んだ。

…しかし実際には彼は反面教師としての意味で取り上げている。それは前後の文脈から判る。
「行き過ぎた冗談」と、言う橋下大阪市長の評が一番正確に近いと思うが、如何であろうか?

そもそもナチスなんかを引き合いにした事自体間違いだし、ナチス憲法など存在しない。ナチスはワイマール憲法下の民主的選挙で圧勝し、「全権委任法」によってワイマール憲法を死文化し独裁体制へ向かっていった。
それらを「ナチス憲法」と例えたのなら判るがそうでないなら麻生副総理の事実誤認になる。
いずれにしてももう少し慎重な言い回し、表現にすべきだ。

彼の発言は全体を見ると日本の憲法改正論議は静かな環境下でやるべきだと言う認識を示したに過ぎないが、マスコミは前述の部分だけ取り上げて逆の印象を与えようとした。
どうやら橋下慰安婦発言問題の際に橋下市長が指摘した部分は反省がなかったのだろうか?

…新聞のコラムでも取り上げていたが、某紙のコラムは酷かった。
橋下慰安婦発言の際に彼に名指しで批判されたこの新聞は矢張り今回の麻生発言を意図的に逆の意味にすり替えてしまおうとした印象を感じた。何故ならコラム中で「憲法改正論議を静かな環境でやるべきと言うなら判る。」と正確に全体を見て理解しているにも関わらずあくまで「麻生副総理、ナチス礼讃」と言う印象を読者に与えようという書き方をしていたからだ。
コラムの最後は「言葉の軽さに驚くばかりである。」と締めくくっている。確かにそれ自体はその通りで軽々しくナチスを引き合いにした麻生副総理も反省すべきだ。例え発言を撤回したとしてもだ。
だが、この批判はこの新聞社自体にもそっくり返ってくるもので、記事を読む限り全体を見て真意を理解した上で麻生さんを貶めようと書かれた言葉が矢張り軽いのである。
マスコミは真実を正確に伝えるべきだ。その上で各社なりに見解を加えるなら判るがそうでないなら偏向報道誤報になる。せめて最低限、日本の国益やイメージを損なわない様にすべきだろう。意図的にそうしないマスコミは単なる
反日マスコミでしかない。