「過去」を「未来」に結び付ける努力の意味

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※これを「免罪符」と言うなら二度と歴史問題を口にするなよ、韓国。

オバマ大統領広島訪問、韓国には大きな不満が残る結果になったようだ。韓国人被爆者に言及した事は評価しても一方で

「謝罪がない」

「韓国人慰霊碑を訪れなかった」

「演説で『数千人』と発言」

「日本に過去の免罪符を与えた」

「韓国人被爆者は式典に招かれなかったどころか平和記念公園にも入れなかった」

…等々、挙げたらキリがない。要は自分達が「救済されるべき最大の被害者」とでも言いたいのだろうが、オバマ広島訪問の意義をろくすっぽ理解せずに「謝罪だ賠償だ」なんて言いながら待ち構えている連中を誰が相手にするだろうか?オバマ大統領と被爆者代表の触れ合いの意義はそういう連中には千年経っても理解は出来まい。
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※韓国人にはその意味は理解出来ないのだろう。
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※米メディアの報道
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支那も何も理解していない様だ。
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被爆当時、彼等も「日本人」だったのだが…?

とは言え、一味違う見方をしている韓国人も居るのは事実だ。駐広島総領事の徐張恩が中央日報に寄稿した記事からはそう感じられる部分もあるのではないだろうか。
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160528-00000010-cnippou-kr

《しかし筆者(徐張恩)は91歳の坪井さんら被爆者代表2人がオバマ大統領と握手しながら万感の笑みと涙を見せた場面で、今回の訪問のもう一つの側面を考えるようになった。果たしてこの人たちは安倍政権の対外政策に同意してあの位置に立ったのだろうか。現場にいた広島の人々の多くは普段、安保法案など安倍政権の政策に非常に批判的だった。しかし今回は左右に関係なく声を一つにして訪問を希望し、これを実現させた。広島市民の主な関心事は「未来」であり、この「未来」に向けた歩みが忙しく、苦痛の過去を胸にしまい込んだようだった。一方、我々は韓国人の原爆被害という、よりいっそう痛恨の「過去」を話しただけで、これを「未来」に結びつけようとする努力は見せられなかったようだ。慰霊碑訪問、そして現地を訪問した被爆代表団の謝罪・補償要求まで…。このため、未来だけを話すという場に我々が一緒に立つ余地はなかったようだ。》

…と言う件は韓国ではお馴染み

「我々こそが最大の被害者だ。謝罪と賠償せよ」

と言う決まり文句とは一味違うと感じさせる部分でもある。…しかし正しくは

『「未来」に結びつけようとする努力は見せられなかったようだ。』

ではなく、

『「未来に結びつけようとする努力は最初から持ち合わせていなかったようだ。』

と言う表現にするべきであった。
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※この光景の何処に「未来に結びつけようとする努力」があるのだろうか?

更に曰く

《過去は忘れないが、その過去を未来につなぐために知恵を集め、世界が我々の言葉に耳を傾けるように力を高めようと。》

それが出来ているのであれば韓国は初めからこうはなっていない。その「知恵」を今から集める意味もない。とっくにその答えは出ているからだ。「韓国が正しく歴史を学べばいいだけ」の話なのだから。しかし韓国は国の興りからして歴史を歪め、捏造してきた国である。オバマ大統領は

「われわれは歴史を直視し、そのような苦しみを繰り返さないために何をしなければならないかを問う共通の責任がある。」

と演説で述べた。その「責任」とは韓国の言う「謝罪と賠償」だけではない事だけは確かだろう。「被害者だから」と言って「謝罪だ賠償だ」と騒ぐだけが能ではないのである。
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※歴然とし過ぎているその器の差。

…とは言え、総領事クラスでさえ

「日米双方の利害方程式が作用した」

「(日韓の)過去の歴史でいくつかの苦痛を忘れることができない我々」

等と言っている様では韓国が「過去を乗り越え未来に結びつけようとする努力」を身に付けるのは相当先になりそうだ。やはりこの国とは「価値観を共有する」のは出来ない相談なのだろう。誰の言葉だったか忘れてしまったが

「不平ばかり言う者に与えられるのは同情よりも憐れみである」

と言うのがあった。韓国に向けるべき名言である。
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※その真理は戦国の世でも変わらない。