「伝統」を弊害化する相撲協会
※世界に恥を晒した相撲協会。
と、場違いかつ非常識なアナウンス。幸いな事に市長は一命を取り留めたが、この様な「人命のかかった緊急時」に
「土俵上は女人禁制」
と言う
「相撲協会の言う『伝統』」
それだけに留まらず、世界中でこの一件が報道され、恰も
「日本では男女差別が蔓延しており、相撲はその象徴」
と言わんばかりの報道をされている模様だ。こちらの責任も相撲協会には取って貰わなくてはならない。
と、土俵上での負傷があった時には「同じ事が繰り返されない様に」と言う意味を込めて塩を撒くのだと言う。これは決して「女性蔑視」の意味ではないのだそうだ。
海外メディアが皇位継承にまで「男女差別」を持ち込むのはお門違いも甚だしいが、そもそも
「何故土俵上は女人禁制なのか?」
と言う疑問を抱いた方は多いであろう。相撲協会が
「それが『相撲の伝統』だから」
と、答えても納得する人はそうそう居るまい。しかし、ここで相撲のルーツを見てみるとそれが
「如何に説得力のない説明か」
は理解出来るであろう。
※最古の相撲は格闘技同然だった。柔道のルーツもここにあるらしい。
日本で「相撲」に関する記述は「古事記」に早くも登場しているのだと言う。「力士」と言う表現も同様だ。また、「人間同士の取組」と言える最古の記録は紀元前23年、と言うから相撲には「2千年以上の歴史がある」とも言えそうだが、それは現在の相撲とは似ても似つかぬ「蹴り技の応酬」の展開だったそうで、しかも倒れた相手を絶命させるまで続いた、と言うから明らかな格闘技だ。その後、8世紀には宮中行事として天覧相撲が行われていた様で、余興、と言う意味合いから「宮中警護人選抜競技」と言う形へと変貌していったのだと言う。
この様な実戦にも通じる格闘技としての意味合いの「相撲」は「武家相撲」として武士の鍛練等に活用されたが、一方で「神事相撲」として神社における祭事に相撲を取る習慣が生まれた。現在の相撲のルーツはこちららしい。また、戦国期に都落ちした貴族によって「相撲」が全国に広まり、「土地相撲」として定着する様になり、「相撲取り」が誕生する事となった。
江戸時代になると「武家相撲」は「大名お抱え力士」としての意味合いしか持たなくなるが、「土地相撲」は興業化し、神事に託つけて「勧進相撲」となる。現在の大相撲の原形、と言えそうなのはこの辺りからであろう。意外に歴史はあるものの、「伝統」と言うには然程でもない、とも言える。
※女相撲は江戸時代からあったのだ。
問題の
「土俵上は女人禁制」
と言う「伝統」だが、江戸時代には「女相撲」と言うのが行われていたのは記録からハッキリしている。18世紀中頃の事らしい。とは言え、神事とは無関係な「興業目的」であり、特に
「女力士VS盲人の男力士」
と言う取組が当時評判になった様だ。しかも女力士も男同様のスタイルで(!)取組していたと言うから少なくとも相撲それ自体が男女差別を前提にしたものではない事は確かだろう。とは言え、女力士が男同様に相撲を取るのは流石に「公序良俗の観点」から明治初期に禁止となり、次第に廃れていった様だ。…ただし、昭和30年代後半頃まで「女相撲興業団」と言うのは存在していたらしいのだが。
ただし、「女性が明治中期まで相撲場に出入り禁止」「観戦も明治から」と言う事があったのも事実だ。しかし、明治期の相撲は文明開化の煽りを受けて存続の危機にもあった。「国技」になるとは到底思えない扱いだったのだ。幸い明治天皇が自らも相撲を取られる事が多く、相撲に理解を持たれていたので相撲は存続する事が出来たが、この頃は
「相撲の社会的地位の向上」
が相撲界の課題でもあったのだ。「土俵は女人禁制」と言うのはその為に作った、と言うのが実際の所らしいのだ。
…だとすれば相撲協会の言う「伝統」には説得力はない。幾ら「伝統」と謳った所でそもそもの動機が不純な物であった場合、それに固執する意味はあるのだろうか?「伝統」を守り、発展させる事は勿論大切な事だが、それだけで杓子定規に物事を判断するだけが能ではない。相撲協会には自分達が言う「伝統」の意味やルーツを見直す必要もあるのではないだろうか?
…話は逸れるが、現状日本を取り巻く安全保障情勢を顧みずひたすら
「憲法9条護持」
を唱えるのであれば今回の相撲協会の愚劣極まる対応を批判する資格はないだろう。現実を理解せずに無意味に
「現状維持」