中村時広の無責任


※この人の感覚はちょっとおかしい。

愛媛県知事中村時広によって国会に提出された文書、その中にある

「安倍首相が加計理事長と2015年2月25日に面会」

と言う記述、双方共に否定したが、提出した本人は

「提出した以上、後は国会で」

と言うスタンスの様だ。随分と「無責任」な話である。


文書の存在が明らかになり、予想通りゴミカス国賊野党共は狂乱狂喜の体である。

中村時広は「文書が公文書」とは一言も言っていないのだが、枝野幸男にかかると「公文書」扱いになるらしい。尤も朝日新聞はじめ、マスコミ各社で「安倍首相と加計理事長の面会」の事実を掴んだ記者は誰一人として「居なかった」。その時点で枝野幸男の言う「合理的な疑い」は既に生じているのである。



と、勝手に首相の進退問題にしているが、昨日の記事でも述べた様に問題の「2015年2月25日」は加計学園の「国家戦略特区による獣医学部新設」の申請前である。

※友人に便宜を図ったのなら申請直後にハードルを上げるだろうか?

※「政治的な働きかけは難しい」とある。つまり政治的な働きかけはなかった、と言う意味だ。

時系列を見れば明白だが、今治市での獣医学部新設申請直後に安倍政権として「石破4条件」を閣議決定している。特区の趣旨に逆行している、としか言い様のないこの縛り、安倍首相が本当に友人である加計理事長の為に便宜を図ったのなら閣議決定しただろうか?そういう事実を無視して自分達の願望に都合良く文書を曲解、歪曲しているに過ぎないのだ。第一公開された文書には

「官邸への働きかけを『非公式で』要望し、断られた」

行がある。つまり政治力は影響していない、と言う意味だが、立憲民主党はこの行にどういう公式見解を示すのだろうか?

何にせよ、こんな事をするような阿呆を党首や幹事長なんかにしている(と、言うか適任者が居ない)様では立憲民主党は「自分達が阿呆集団」と言っているに等しいが、このゴミクズ政党の場合、それだけでは収まらない。

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と、幼稚園の御遊戯レベルの三文芝居を代議士会で行っていたのだ。音頭を取っている辻元清美は詐欺の前科者、「嘘つき」で罪まで負った様な輩に他者を「嘘つき」呼ばわりして批判する資格など微塵もないのは論を待たないだろう。

※無責任、とはこういう姿勢を言う。

さて、中村時広参議院から要請を受けて関連文書を提出したのは結構な事だが、その文書にあった

「安倍首相と加計理事長の面会」

と言う行を双方に否定されると

※世間ではそういう態度を「逃げ」と言う。

「後は国会で議論して下さい」

の一点張りである。こういう姿勢が罷り通るのであれば何か問題が発生した場合、国会の外にいる関係者は「横槍の入れ得」になる。しかもそれは「無責任の横槍」である。それで良いなら捏造でも改竄でもその気さえあれば「やりたい放題」になるが、それが民主主義国家、法治国家としてあるべき姿だと言うのだろうか?
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中村時広もそういう運命を辿るのか?

従って中村時広愛媛県知事として文書の信憑性や既に出ている疑問点への説明責任から逃れる事は出来まい。「逃げるは恥だが役に立つ」とは限らない。自分が提出した文書の信憑性一つ語れないのであれば例え文書の内容が100%真実だとしても世間では信用をどんどん失う、と言う結果にもなりかねない。既に「関わっている」以上、悪い事は言わない。一刻も早く自分の口で自分が提出した文書については公人として説明責任は果たすべきである。それこそが「文書を提出した責任」なのだから。