「変わらない憲法改正」にも意味はある




安倍首相の口から「憲法改正案の臨時国会への提出」が明言された。

安倍首相は12日に下関市で行った講演で憲法改正案について

自民党として次の国会で提出できるよう取りまとめを加速する」

と、明言、自民党としての憲法改正案の取り纏めを急がせ、次期臨時国会での提出を目指す考えを明らかにした。


自民党憲法改正案の項目について、上記の4項目を挙げている。安倍首相としては憲法9条に自衛隊の根拠規定を追加したい意向の様だが、自民党総裁選挙に立候補を表明した石破茂

と、安倍首相の案を

「何も変わらない憲法改正をしてどうするのか」

と、批判したが、果たしてそうであろうか?

※「憲法9条教対策」に必要なのはそういう事。

…確かに石破茂の主張する「憲法9条2項削除」の方が日本の国益、と言う観点で言うなら「理想」であろう。だが、そんな事は石破茂風情に言われるまでもなく安倍首相だって百も承知の筈だ。だが、現実の問題としてGHQがかつて振り撒いた「WGIP」と言う害悪に未だに思考回路を汚染されたままで

憲法9条の墨守こそ平和」

改憲は戦争への第一歩」

「例え自衛権の行使でも『武力行使は絶対悪』」

と言う妄想に生きるヒトが相当数いる。しかもその主張に意見する事それ自体を許さない、と言う頑迷ぶりである。そういうのを相手に幾ら正論で説いて回った所で「最初から聞く耳すら持っていない」のだから現在国会でそうなっている様に「議論になるかどうか」すら怪しい。

と、なると「実際に体験する」事でこういう連中には「自分達の主張の誤り」を理解させる必要が出てくる、と言える。だが、だからと言って北朝鮮のミサイルを敢えて喰らう、と言うのでは取り返しの付かない代償を払う事になる。そこで敢えて

「現実を明確に追認し、改憲しても何も変わらない現実」

を実際に作り出す、と言う「ワンクッション」の必要性もある、と言えるのである。石破茂の発言からはその必要性を理解している様には受け取れない。そうだとするなら、そして安倍首相にはその意味が理解出来ているのだとすればその時点で

「両者の政治家としての『格の違い』」

は明らかだ。それでも「安倍首相でなく石破茂を支持する」なんて本当に言えるだろうか?

※少なくとも石破茂にそれはない。

「現実を顧みず理想だけを追う政治」が如何に悲惨な結果を我々一般国民にもたらすか?は既に「悪夢の民主党政権」で証明されている。アレを目の当たりにして未だに「綺麗事ばかりの理想論」の実現こそが政治、と思うのであれば政治について論評しない方が良い。政治に理想を託すのは当然でも「現実にある問題」を無視しては意味がない。9条改正について言うなら

憲法9条を教典の如く崇め奉る」

と言うヒトは相当数居るのが現実だが、そういう連中に対して

「悉く論破して『憲法9条教の間違い』を論証して『9条2項削除』と言う理想を追う」

のと

「現実を追認し、『憲法9条の条文がそのままでなくても』現状は変わらない」

事を身を以て知らしめる                                                                                                                                                                                                                                                        
 事とどちらが「現実的か?」と言う事である。賢明な読者様にはどちらが「取るべき現実的な道」なのかは自明の事であろう。

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※アンタは「野党のアタマ」が「分相応」。 

この者の器など、所詮は野党のアタマ程度でしかないのだ。立候補したのが野党の党首選ならまだしも、与党の、それも「事実上の首相選挙」となると石破茂では荷が重い。「己の分を知らない」のは政治家として致命的であろう。石破茂には自民党総裁選でなく、国民民主党代表選挙にでも出馬している方がお似合いである。