小池百合子に抗議する市民団体こそ「歴史修正主義者」「差別主義者」である。
※批判も多いがこの判断は正しい。
東京都知事の小池百合子が関東大震災発生直後に「虐殺された」と言う朝鮮人追悼式に追悼文を送るのを取り止めた事は不肖筆者も記事にしたが、その追悼式を主催する市民団体が25日付けで小池百合子の対応に対する抗議声明を出していたのだと言う。
この追悼式に「東京都知事が追悼文を送付する」と言う「慣習」は1970年代から続いていたのだと言う。あの石原慎太郎でさえ都知事時代には毎年送付していたのだと言うからそれはそれで「驚き」ではあるが、小池百合子からすれば
「都慰霊協会主催の大法要が行われており、都知事がその場に出席して亡くなった全員に哀悼の意を示している」
と言うのもその理由らしい。
※「朝鮮人虐殺の証拠」など何処にもない。
「慣習だった」とは言え、条例などで定められた「都知事の義務」とまでは言えないのだから「公に抗議」する程の物とも言えない。と、言うか一度「送付しない」と表明した小池百合子に抗議し、強引に追悼文送付をさせたとして、それが仮に
「日付だけ改めた去年の追悼文のコピペ」
だったとしてもこの市民団体とやらは「それで満足」するのだろうか?そういう対応になった場合、そこに「哀悼の意」が込もっているとは到底思えないが、そんな「形だけの紙切れ一枚」にどんな意味があると言うのだろうか?そんな形だけの「都知事名で出された追悼文」でも欲しがるのであれば、先ずはこの市民団体とやらの
「哀悼の意」
を疑うべきである。
※1923年10月23日付の東京時事新報。コレでも「朝鮮人が暴動」を「デマ」と言うか?
朝日新聞は
と言うが、関東大震災直後の混乱のドサクサで朝鮮人による犯罪行為が多数発生していたのは当時の新聞記事から明らかである。またそれに対応する形で結成された自警団による「朝鮮人の殺害」があったのは事実だが、それは「虐殺」と言うより「過剰防衛」とでも言うべきである。しかも犠牲者数は司法省の調査では233人、朝鮮総督府官憲調査では832人の朝鮮人が日本人自警団に殺害された、としている。(その他に少なくとも日本人58人、支那人3人が殺害されている。)それが何故か追悼式が予定されている墨田区・横網公園にある追悼碑には
「6000人」
となっている。どうしても「6000人」でなければ納得しないのであればこの市民団体とやらは抗議声明より前に
「6000人虐殺の証拠」
を出すべきだ。当時の国家機関が行った調査では1000人以下なのに、根拠もなく「6000人」と主張する方が
「歴史修正主義」
ではないのか?更に追悼文を送付しない事は
事には繋がらない。そもそも「虐殺の事実」が証明されていないのだから「目の背けようがない」し、当時の新聞記事や調査結果を根拠に
を否定したとしてもそれは「歴史修正主義」でも「排外主義」でもない。逆に「どうしてそうなるのか?」と言う問いに対する明確な回答をこの市民団体は用意するべきであろう。
※同じ理由で命を落とした日本人や支那人は追悼されていない様だ。
と刻まれているが、彼等は「朝鮮人でない」故に「同じ理由で命を落とした」にも関わらず「追悼の対象にはなっていない」様なのだ。それこそ「差別」そのものである。
※この手の「市民団体」はこれ位の突き放しが必要だ。