おかしなおかしな立憲民主党
立憲民主党がどういう訳か支持を拡大していると言う。
「リベラル票の行き先」
が無くなった所にその受け皿として彗星の如く現れた立憲民主党、その顔ぶれを見ると
※実に醜悪な顔ぶれ。
…と、肩書が変わっただけの「菅直人内閣」そのものでしかない。今回の総選挙では与党から示された争点の一つに
「政府の危機管理能力」
と言うのがあるが、この顔ぶれが政権中枢を巣食っていた時に発生した東日本大震災への対応を見れば
「危機管理能力ゼロ」
「非常事態対応能力ゼロ」
なのは実証済みだ。立憲民主党を支持する、と言うのは
「自ら好き好んで『最低最悪の危機管理能力の政府』」
を求めるに等しい愚行である。それでも立憲民主党を支持したい、と言うのは個人の自由だが、それを広言するならせめて
を明確に論証してからにして貰いたいものだ。
政権を担う以上、
「国家国民の安全をどう担保するか」
「政権交代可能な二大政党制」
を目指す、と言うなら「保守だリベラルだ」以前に先ずはそれを身に付ける事だ。いやいや、それよりもそういう事を口にする連中が全員政界を引退する方が
となる事の是非はさておきその「第一歩」となる事はまず間違いないであろう。
それが判らず、出来もしないのは明白なのに「自分達がそれを行う」と、壮大な勘違いをしている連中しかいない政党だけにこういうおかしな事になる。
「極めて深刻な脅威であり、断じて容認できない」
「核・ミサイルの脅威から国民を守るという点において、安倍晋三政権の外交・安保政策を支持する」
とまで言っている。立憲民主党が「廃止」を主張する安保法制は「その為の手段」なのだが、それなら「反対する理由は最初からない」事になる。
「安保法制は憲法違反だから」
と言う反論は容易に想定出来るが、「憲法9条は国家の自衛権まで放棄したものではない」と言う解釈は多くの人に認められている。その「自衛権」を「個別的」「集団的」に分類して「個別的」は合憲、「集団的」は違憲、と言うのが立憲民主党の主張だが、
「個別的か集団的かと言う二元論で語ること自体おかしな話」
「そんな議論を行っているのは日本の政治家や学者くらい」
「『違憲』としながら政権を取ったら『当面は合憲』」
なんておかしな主張をしている共産党と連携するなどその「旗印」と矛盾する話だ。所詮
「かけ声は威勢が良いかもしれないが中身がない」
のが立憲民主党の主張である。
また、枝野幸男のここまでの行動を見ると
「希望の党に合流せず『筋を通した』」
なんて言う意見もある様だが、実際は
と、指摘されている通りである。
※枝野幸男も賛成していたんだよなぁ。
民進党が公認候補を立てずに希望の党に合流し、希望の党公認候補として選挙戦に臨む、と言う方針は民進党の両院議員総会で「満場一致」で了承された。勿論この時点で民進党代表代行だった枝野幸男も賛成していた訳だが、枝野幸男は希望の党に明確に公認を拒否された訳ではない。希望の党が「排除」するリストに枝野幸男の名前があった、と言われてはいるが、希望の党は小池百合子以下、
「枝野幸男を『排除』する」
と名指しで明言した訳ではない。希望の党の「排除リスト」の 存在が表面化し、枝野幸男が希望の党から公認されない可能性が非常に高い事が判明し、「無所属か新党か」と言う選択となったので「新党」を選んだだけでしかない。決して「悲劇のヒーロー」ではないのだ。
先に挙げた様な自衛権に関する発言や、映画「シン・ゴジラ」への関与、と言った枝野幸男の言動を考えれば立憲民主党としての主張が「何処まで本音」なのか、と言う点からして疑問である。面子が面子なだけに、菅直人内閣から
「どう変わり身を見せるか」