左翼連中に歴史教科書批判の資格ナシ

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東京新聞と言えば「安倍首相嫌い」では朝日新聞と良い勝負であると言えるだろう。その時点で朝日新聞と同じ穴の狢の反日新聞であるのは論を待たないであろう。まぁ、朝日新聞程の出鱈目捏造レベルまではいってないだろうが、偏向歪曲ならどっこいどっこいであろう。そんな東京新聞今回の教科書検定についての社説、狂気の沙汰である。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015040702000167.html

社説は《 韓国や中国の主張も、対立の歴史的背景も見当たらない。これでは子どもたちに政府見解ばかりが刷り込まれ、敵対心をあおりかねない。なぜ問題になっているのかという素朴な疑問を素通りしては教育とはいえまい。

 竹島について韓国は「朝鮮の古い文献や地図に載っている」、中国は尖閣諸島をめぐり「日本が日清戦争を通じてかすめ取った」などと反論している。》
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※当時竹島は「松島」と言う名前だった。
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※だったら何故支那尖閣が日本領になっている地図があるのか?何故韓国の教科書に「竹島は自国領でない」と言う記述があるのか?古地図に記載された「竹島」なら日本にだってたくさんある。東京新聞の主張に意味はない。

などと言うが、尖閣竹島国際法の規定に則って有効に日本の領土に編入しているのだ。それに対する国際法上有効な反証材料が支那朝鮮にあるなら話は別だが、そんなものは一切存在しないと断言してよい。従ってこれらに関する支那朝鮮の戯言など何の意味もない。教科書にそんなものをわざわざ記載するのは製作の労力と紙面と資源及びエネルギーの無駄遣いである。
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※教科書にはこの様な証拠になる物を掲載すれば良い。

要するに日本の法や証拠に基づく正当な主張と支那朝鮮如きの嘘出鱈目捏造歪曲狂言戯言を同列に扱おうという発想自体が狂っているのだ。それ以前にこの様な事実を事実として教科書に記載させる事自体は連中の言う「安倍カラー」などではない。言ってしまえば自分達に都合の悪い事実を全部「安倍カラー」にして安倍首相を悪者扱いしているだけに過ぎない。「事実を事実として教科書に記載する。」当たり前と言えば当たり前なのだろうが、今までそれをやってこなかった歴代政権が怠慢だっただけの話であり、安倍首相で漸く実行に漕ぎ着けただけだ。東京新聞は社説を書く人間ですらそういう単純明快な事が判らない程の低レベル無能集団なのだろう。そんな程度の人間が書く社説にどんな意味がある?国民を惑わせ正しい判断をさせない有害な言論以外の何物でもないのは明白だ。

また東京新聞《重要なのは、子どもたちに正確な素材を多く与え、考える機会をつくり出すことだ。大人の萎縮は教育の放棄につながりかねない。》とも主張している。嘘出鱈目捏造歪曲狂言戯言以外の何物でもない支那朝鮮の主張を「正確な素材」とでも言うのか?例えば所謂慰安婦問題で韓国の教科書を見れば一目瞭然だ。

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※韓国の嘘出鱈目捏造歪曲狂言戯言しかない歴史教科書。

韓国教育省は6日発表した「日本の教科書問題への対応計画」によると、慰安婦については従来の「日本の朝鮮民族抹殺計画の中で強制的に慰安婦にされた」を、「日本が政府主導で女性を慰安婦にした」と修正するそうだ。
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※勿論正解はこれだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150408-00000006-rcdc-cn

これが韓国の嘘出鱈目教育の実状なのだ。「日本の朝鮮民族抹殺計画」って一体何だ?日本が朝鮮半島を統治している間に朝鮮人の人口が倍増しているのは統計上明らか( 朝鮮半島の人口は「1910年 1313万人→ 1942年 2553万人 」) である。こんな事は調べればすぐ判る事だが、そういう事実や証拠を完全に無視している。こう言うのを嘘出鱈目捏造歪曲狂言戯言と言うが、東京新聞こう言う実態を承知でこんな社説を掲載したのか?韓国の語る歴史は歴史に非ず。只のファンタジーだ。ついでに言うと支那のそれはプロパガンダに過ぎない。
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※歴史教科書の記述、日本は客観的事実、支那プロパガンダ、韓国はファンタジー

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※こう言う教科書で歴史を学びたかった…

これから歴史を学ぶ若い世代に考えてもらいたいと思うのは例えば先の大戦当時の日本では大東亜戦争と呼んだが、現在は一般的に「太平洋戦争」と呼ばれている。勿論GHQが「大東亜戦争」と言う言葉を使用禁止にした為だが、何故そうしたのか?そういう事を考えさせるべく両方の呼称を併記した教科書が出てくるようになったのは非常に意味があると言える。東京新聞朝日新聞あたりはこういうのを「右翼教科書」だとか「偏向教科書」などと言いそうだが、そういう自分達のその主張こそが「偏向」そのものである。連中に必要なのはこの様なまともな教科書を批判する精神よりも「自分達の主張が如何に無意味で愚劣で日本にとって有害であるか」という認識である。