憲法改正議論、レベルが低すぎる岡田克也

イメージ 1


※国会で質問する岡田克也。安倍首相の余裕の笑みがレベルの差を物語っている。

毎週木曜日の産経新聞のコラム「阿比留瑠比の極言御免」。不肖筆者としては楽しみなコラムであるのだが、今回阿比留記者にバッサリ斬られているのは民主党岡田克也である。
イメージ 2


イメージ 3


http://www.sankei.com/politics/news/160128/plt1601280001-n1.html

立憲主義を理解しない安倍晋三首相の下で憲法改正を議論すると、憲法そのものの破壊になる」

「首相はまず改正ありきだ。70年間、国民が憲法を育んできた事実をどう考えるのか」

「安倍首相のもとでの憲法改正は極めて危険だ」

…と、岡田克也憲法に関する議論について

「安倍政権下では議論にも応じない」

と言うスタンスだがそもそも

「安倍首相だから」

改憲の是非については議論しない」

と言うのは「言論の府」の構成員、ましてやかりそめにも「公党の代表」の言い分としては不見識・不適切であると言って良い。
イメージ 4


※安倍首相の改憲議論に関する発言。

日本国憲法で「思想信条の自由」「言論の自由」が保障されていることは論を待たないが、それ故

憲法の在り方に疑問を持つ」

思想信条、言論だって当然だが保障されている。憲法に明記されている象徴天皇制」を否定する共産党の如き集団の存在が許容されているのはその最たる例であると言って良いだろう。

…にも関わらず「安倍首相である事」「憲法改正ありき」である事を理由にするなら是非聞いてみたいのだが、岡田克也は「憲法改正ありき」で「安倍首相でない」人物なら憲法改正論議に応じるとでも言うのだろうか?安倍首相以外にも安倍首相同様に「憲法改正ありき」と考える人物は政治家であるか否かを問わず結構な数がいるが、岡田克也はそれらの人々とは改憲議論に応じても安倍首相では応じない、と言うのであればそれは安倍首相に対する「差別」以外の何物でもない。岡田克也の言う事為す事など所詮そんな程度である。奴は我々が思っているより相当レベルは低い。
イメージ 5


※こういう結果もある。

イメージ 6


憲法9条条文。

その憲法改正議論」とほぼセットだと言って良いのが憲法9条である。日本国憲法」と銘打っているもののその実態はGHQの素人共が即席で、しかもコピペを駆使して短期間で作り上げた代物であることは歴史的にも明白である。その中でも憲法9条は「WGIP」の象徴的条文としての意味合いがあった事は間違いなかろう。

最初はそれでGHQ(と、言うよりアメリカ)は満足していたのかも知れないが、朝鮮戦争勃発であっさり風向きが変わる。

朝鮮戦争を目の当たりにしてマッカーサー戦前の日本の国防政策が正しかった事を痛感した、と言われる。だから警察予備隊」なるものを発足させた。言うまでもなくこれが「保安隊」を経て「自衛隊」となるのは周知の通りである。
イメージ 7


イメージ 8


マッカーサーがこの様に述べたのには朝鮮戦争で痛感した事も影響しているのだろう。

阿比留記者の指摘する様に憲法9条の「産みの親」でさえ制定から数年でその誤りを悟っていた訳だが、70年経ってもそれを理解しない愚物が日本には存在する。岡田克也がその「愚物」の一員である事は言うまでもない。

記事によれば昭和28年12月に来日したニクソン米副大統領(当時)も日米協会での演説で、憲法による日本の非武装化は誤りだったとこう公式に述べたそうだ。

「私は合衆国が1946年に誤りをおかしたことを認めます」

憲法9条を不可侵の聖域にしたいと言うならば先ずはこのニクソンの言葉の誤りを論証する事から始めてみてはどうか?
イメージ 9


日本国憲法は日本製ではない。