共産党は日本に不要である。

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※稀代の阿呆だ。

共産党の宮本徹、阿呆な事を言うものだ。
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http://www.buzznews.jp/?p=2107680

4月10日の衆議院決算行政監視委員会第二分科会、共産党の宮本徹が質問で教科書検定制度について

教科書検定は国が特定の価値観を押しつけるものになっているのではないか」

「無反省、無自覚な姿勢を改めないのは恐ろしい」

等と意味不明の質問をしていた。

教科書検定制度は憲法で禁じられている「検閲」と言うより、教科書の選択で子供の学力に差が出ない様にする為の「措置」と言う方が妥当であろう。どの教科書を選んでも最低限身に付けるべき知識を習得させるためである。だが、宮本徹の質問での最大の問題点は2年生向け道徳教科書に

「国歌が流れたらみんなで一緒に歌います」

とされている点を

在日コリアンの人だとかですねぇ、あるいは宗教上の理由で歌いたくない人もいるわけですよね」

と、発言。そもそもこの宮本徹、5日にも

「軍事費を削って民生費に回そうと世界的に進めていこうじゃないか」

と質問で述べたものの麻生財務相

「今朝北朝鮮が実験されたってご存知ですか?我々の置かれている環境はそういう環境です。従って今のストックホルムの話はストックホルムじゃ通用するかもしれませんけど、今東アジアにおいてそういうことが言える状況でしょうか。我々は。中国、間違いなく軍事費、巨大な勢いで伸びてますよ。そういう状況の中で日本だけ減らすんですか?非現実的だと思います」

と、簡単に返り討ちにされた阿呆だ。だ。そして舌の根も乾かぬうちにこの発言やっぱり「本物の阿呆」だとしか思えない。
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※文字起こし

宮本徹が「国歌を歌いたくない」根拠にしているのは内心の自由」則ち「国歌を歌いたくない自由」である。勿論「思想信条の自由」は最大限尊重されて然るべきだが、それを根拠にした「◯◯したくない自由」を全面的に認めてしまうと個人の我儘がぶつかり合う結果にしかならない。それは「社会の崩壊」を意味するのだが、共産党はそういう社会を志向している、と言う意味なのだろうか?
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※人権が無制限ではない事は憲法に明記してある。

そもそも憲法でも人権は無制限に主張出来るものではなく、「濫用の禁止」、「『公共の福祉』の下に制限を受ける」事は明記されている。共産党が国歌斉唱に反対なのは勝手だが、内心の自由」を根拠にそういう主張をするのはそれこそ憲法が禁じる「権利の濫用」に該当するのではないか?また、「国歌が『君が代』」と言うのは法律で定められている事だ。それを認めない共産党内心の自由」を根拠にする、と言うのは「法律を守らない自由」を標榜しているに等しい。それを認めてしまえば日本は「法治国家」ではなくなる。しかも

在日コリアンの人だとかですねぇ、」

等と外国人を引き合いに出すあたり、「一体何処を向いて政治をしようと言うのか?」とその精神を疑いたくなる。ここは日本だ。その「日本国内の日本の学校」なら「日本及び日本人の為の教育」が行われて当然である。そういう教育を受けさせるのが嫌ならその国の子供達の学校に通わせれば済む話だ。日本では在日外国人にも「そういう自由」は保障されているのではないのか?
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共産党の思考回路は常識と大きく乖離している。

それ以前に如何なる国であれ、自国の国旗や国歌に誇りを持ち、敬意を表すのはその国の国民であれば当然である。それが出来ない方がどうかしているのだが、その国の政治家が公然とこの様な愚劣な事を公言する国が他にあるのだろうか?民進党同様、共産党も「その存在」からして間違っている。
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共産主義ナチスより多くの人命を奪っている。

日本より「人権意識」にウルサイ欧米諸国の多くでは「共産党は非合法」である。日本同様、「思想信条の自由」「言論の自由」「表現の自由」が広範に認められているのにも関わらず、である。理由は簡単で

「民主主義社会で認められているそれらの価値観さえも共産主義は『否定する』」

からである。歴史を見れば一目瞭然で共産主義」は思想上では「人類最大の汚点」だと言える。こんな思想が生まれてしまったのは科学技術での「核兵器」に匹敵するか、それ以上の「過ち」であるとも言える。先ずはそういう認識を持つ事が「正しい教育」「健全な社会」への第一歩であると言える。
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共産党は日本に不要である。